まえがき
2021年も残すところ僅かとなりました。いかがお過ごしでしょうか。年賀状ソフトが入っていたノーパソが瀕死状態でワードアートで図案を起しました。クリスマスに投函したので元旦には届くでしょう。住所録もぶっ飛んだので今年届いた人にしか返せません。
ダイジェスト2021年振り返りは「社畜」です。その関係でだいたいの四輪車に乗れるようになったり、生活環境が変わったりだいぶめちゃくちゃになりました。ストレスやらで浪費しがちだったので、来年は節制を心がけたいと思います(今年は卒業祝いとかでかろうじて黒字)。
1月
googleカレンダーによれば物件(現住居)の内覧に行ったらしい。そのために乗った飛行機がスッカスカでビビり散らす。
搭乗開始前にもかかわらず列が発生していない伊丹10番ゲート。
機内も3+3列でこの空きよう。そういえば歌舞伎ビデオも過去帳入りしたんでしたっけ。
週の後半にバイトをして、前半はだらけていたようだ。
2月
卒論を書いたので卒業制作展が行われたようだ(美術系学部が幅を利かせていたのでこういう催事名だったと思う)。
大阪から京都行くのにyamato maximum templeを経由していった。暇があればHVを名阪間で乗り通したいもの。
相変わらずバイトは週末に偏って暇をしていたようだ。客足が遠のいていた時期だったが、もうちょっとシフトぶっこんでおけばよかった。
3月
引越のためハイエース(厳密にはレジアスエース)を神戸から足立まで飛ばす。新東名に入りたかったが、沼津付近で事故通行止めのため、東名をトラックに挟まれながら走った。さらに、朝の首都高に突っ込むのが怖かったので東京ICから246→内堀→靖国→R4方面へ抜けたはずだが、なぜか千住新橋手前から土手に入って堀切橋を渡ったようだ。謎。ちなみに休憩は土山・牧之原・海老名。帰りはオーシャン東九で帰る。航送の実績解除。
デッキプラン
鳴門のいのたに。なんでも枯らすコンテンツ(WUG)のときは昼公演後に麺切れを起こしたと当時のブログに記録があった。完飲。
地球最後の日でも迫ってるのかという勢いで出かけまくる。
青森から弘前行って六ヶ所村に行くというたいへん右往左往な移動をする。なにか不自然な感じがよい。
卒業式のその夜から目的地とは逆方向に移動する。こんなんだから社不なのかもしれない。
そういえば日光って行ったことねーなというのを思い出して出かける。ノリで鬼怒川にも足を伸ばす。
バイトは急に繁忙期を迎え、ご隠居のつもりが最終日が延びて卒業式前日まで労働に勤しむ事態。卒業式終わったその日から移動開始するオタク何者だよ。
4月
社畜。研修という体で外食しまくったので食費がえらいことになる。
築地の寿司
浅草のとろろご飯食べ放題
吉原近くの天丼
豊洲の親子丼
息抜き。
5月
社畜。カーシェアでちょっと走ったらしい。休みの日はひたすら散歩していたようだ。
6月
社chik(ry。交通費が都バス1往復のみという異常事態。交通費からしておそらくこの時も休みは歩き回っていた。
7月
社chi(ry。月初に帰省し、下旬の4連休中にもゼミの集まりで京都まで行ったついでに帰省。反動で交通費が大変なことになる。
8月
相変わらず社畜しているが、レンタカーで仙台まで行ったり、やきう観戦するなど若干の余裕が見られるようになる。下旬にも仙台行った同期と小湊に行った。
きんモザが公開される。
外で昼を食べる機会が多かったので浅草橋行く度に食べてた高架下のとんかつ。
9月
週2ペースできんモザ通いをする。2階建て新幹線を乗りに行って酒を飲んだ。ぽしゃけおいし~。
先月の同期と箱根に車で行くが、霧がすごくて運転どころじゃないのと温泉にたどり着けなかった(記事なし)。神宮にやきうを見に行った。
辰巳
駒形
大黒。
霧。これは相当いいほう。明け方は何も見えなかった。霧中でハイビは乱反射するからしない方がいいって後から聞いた。
10月
合宿という名の投獄。いい同期を持ったとつくづく実感する。月初に帰省したらバイト先が忙しすぎて少し手伝った。ついでに京都に寄って烏丸御池から三条→柳馬場→綾小路→猪熊→四条→大宮→九条→烏丸→久世橋(地下鉄十条)の9㎞ほどを1時間半で歩く奇行に走る(見すぎたのでこの画像できんいろローダンセのイントロが流れてくる)。
最期くらいいい思いをしたかったなどと供述。この列車で入所した。
11月
↑から釈放され、学科も一発合格。3日も休みが生まれて困った顔をしながらハイウェイバスドットコムを見ていたら、はかた号プレミアムシートが空いていたので速攻で券を収穫した。
金髪摂取のため2度も宇都宮まで行くことになる。
12月
神イベ。生きる希望と気力。
下旬にもよぴちゃれ開催されたので推し事が思いのほか忙しい月だったといえる。
山梨へ出かけたり、毎週のように忘年会が入ったりと爆増した交際費で家計が圧迫され、青山一丁目とか西船橋まで歩いたりして浮かしていたようだ。
ではよいお年を。